―――――――――― ありがたい頂き物♪ ――――――――――


■ A様から頂いた「蒼ざめた月の光」二次創作小説♪ ■


 ――――――――― 母と娘 ―――――――――



 セレネはバーバラを寝かしつけるとため息をついた。
 アイリーンの葬儀の翌日、バーバラは病に倒れた。
 セレネはバーバラに寄り添い、どんなにつれなくされようとも懸命に看病した。
 そのかいあって、バーバラの病状はよくなったが、愛娘を立て続けに失った悲しみはいまだ癒されず、臥せったままだった。




「お母様。何かお召し上がりにならないといけませんわ」
 セレネはバーバラの部屋に入ると、テーブルの上に食事を置き、ベッドで臥せっているバーバラの傍へと歩み寄る。
 バーバラは答えない。
「出て行きなさい。私は何も食べたくはないの」
 バーバラは起き上がると、セレネを睨みつける。
 だが、セレネは出て行こうとはしない。
 無言のままじっとバーバラを見つめている。
 それがバーバラを苛立たせた。
「聞こえないの?!」
「いいえ」
 セレネは静かに答えた。
「でも、お母様をほおっておくことはできません」
「お母様なんて呼ばないで!」
 バーバラは一喝する。
「あなたに何がわかるっていうの!フランセスカとアイリーン・・・私がどれだけあの子たちを愛していたのか・・・・あの子たちを失った悲しみがあなたなんかに・・・」
「いいえ!」
 突然セレネが大声をあげる。
 バーバラは思わずびくっとした。
「わかります・・・。だって、だってフランセスカお姉様もアイリーンも私の大事な姉妹です。いつだってお姉様たちのことを愛さなかった時はありません。もちろん、お母様のことだって・・・・」
「セレネ・・・・」
 セレネはバーバラの手を握り締める。
「私にとって、お母様はあなたです。私のこと、ずっと今日まで育ててくれたお母様しかいません。お母様が悲しんでやつれているのに、ほおっておくなんてこと、私には絶対できません」
 セレネはいつのまにか泣いていた。
 バーバラは目を見張る。
 それは日頃からセレネの上に思い描いていたあの女の顔――セレネの母親、自分から夫の愛を奪った憎い妾の顔ではなかった。
 バーバラは、いつもセレネに自分から夫を奪った女の姿を重ねていた。
 だからこそ、憎くてたまらず、セレネを忌み嫌い、毎日辛くあたっていた。
 夫が亡くなる直前、夫から『セレネを頼む』と言われた時は、発狂しそうにもなった。
 憎い女の娘を育てるなんて・・・。
 夫の遺言とはいえ、バーバラにとっては妻としてこれ以上ない仕打ちだった。
 だが、今、目の前にいる娘は、自分を本当に心から愛してくれている娘の顔だ。
 バーバラは初めてセレネの素顔を見たような気がした。
「お姉様、アイリーン・・・二人を愛していた人はお母様と私、この世で二人だけになりました。何故一緒に二人を偲んではいけないのですか?私ではお母様の悲しみを癒して差し上げることはできないってわかっています。でも、私が傍にいることで、少しでもお母様のお役に立てるなら・・・」
 バーバラはセレネを抱きしめる。
「お母様・・・?」
「・・・っ、セレネ・・・・セレネ・・・・!」
 セレネの名を呼ぶバーバラの声はいつもと違った。
 それは普段、フランセスカやアイリーンに話し掛けていた声とも違った。
 まるで途方にくれた不器用な、小さな少女のような声。
 バーバラはセレネを見つめる。
 その顔はいつもの険しい顔つきではない。
 初めて見る表情。
 まるで何かから解放されたような、セレネを理解しありのままに受け入れてくれている、とても穏やかで優しい母の顔だ。
 セレネもまた、初めてバーバラの本当の素顔を見たような気がした。
 セレネは泣きじゃくるバーバラの背中に手を回し、自分も泣き始める。
 月明かりの差し込む寝室に、二人の静かな泣き声が響き始めた。




 バーバラがセレネの介抱により、ようやく起き上がれるようになった頃。
 屋敷に思いがけない人物が訪問してきた。
「失礼する」
 屋敷に訪ねてきたのは、レベッカだった。
「えと・・・レベッカさんでしたか」
「そうだ」
 レベッカは抑揚のない声で答えると、つかつかと屋敷の中に入った。
「家族はどうしている?」
「お母様が・・・最近はようやく起き上がれるようになったのですけど、まだ無理はできない様子で、今は休んでいます」
 セレネは奥の方を見て説明する。
「少々時間はあるか?あなたに話したいことがある」
「あ、はい・・・」
 セレネはレベッカを応接室へと案内した。




 レベッカから聞いた話はセレネをショックに陥れた。
 アストリアが魔族であり、一連の騒動の渦中にいるのが他ならぬアストリアだということ。
 またアイリーンを殺したのは人間であり、アストリアはその仇をとろうとしていること・・・。
「大丈夫か?」
 セレネの様子に、レベッカは相変わらず淡々とした口調で話しかける。
「・・・・・」
 セレネは答えられなかった。
 平気だと言えば嘘になる。
 だが、相手を気遣って大丈夫だと気丈に振舞う余裕はなかった。
「アストリアは街を出る気だ」
 レベッカは話を続ける。
「だが、あいつのあなたへの気持ちは本物。私はそう思う」
 そう言うと、レベッカは立ち上がる。
「私の話はこれだけだ。では失礼する」
 玄関に行きかけるレベッカを見て、セレネは自分の本分を思い出し、見送るために慌てて後を追った。
「あなたは・・・事実を知ってなおアストリアを愛しているのか?」
 外に出たレベッカは振り向くと、セレネに尋ねた。
 セレネの脳裏に別れ際のアストリアの姿が甦る。
 だが、次の瞬間、フランセスカやアリスの姿が浮かんだ。
――お姉様・・・アリス・・・。
 アストリアによって奪われた大事な人たちの姿が重なる。
「わかりません・・・。わからないんです・・・・自分の心なのに」
 セレネはかぶりを振る。
「そうか」
 レベッカはそれ以上聞こうとせず、身を翻した。
 残されたセレネはどうしたらいいのかわからないまま、呆然とその後姿を見送った。




「セレネ・・・?」
 セレネが居間でソファーに座ったまま、どうしたらいいのかわからずにうなだれていると、バーバラがやって来た。
「お母様、もう起きても大丈夫なのですか?」
 セレネは慌ててバーバラに駆け寄る。
「もう大丈夫よ」
 バーバラは微笑むと、セレネと並んで、ソファーに腰掛けた。
「セレネ・・・アストリアが気になるのね」
「お母様?」
「ごめんなさい。さっきの話、立ち聞きしていたの」
 バーバラは申し訳なさそうに言った。
「お母様・・・私は・・・・」
 バーバラは黙ってセレネの言葉を待つ。
「お姉様やアリス・・・私の大事な人を奪ったあの人が・・・・許せません」
 セレネは膝の上に置いた手をぎゅっと握り締める。
「信じていたのに・・・。私、アストリア様のこと信じていたのに・・・・・・!」
 セレネの目から涙があふれ落ちる。
「でも・・・それでも・・・・アストリア様を慕う私がいるんです。お姉様たちを私から奪った憎い魔族のはずなのに・・・・。私の中に二人の私がいます。アストリア様を恨む私と、アストリア様を慕う私・・・・。もう、私どうしたらいいのか・・・・」
「セレネ・・・」
 バーバラはそっとセレネの肩を抱く。
「それが・・・愛というものなのよ」
「お母様」
 セレネは泣きはらした顔のまま、バーバラを見つめた。
「とても許せない、ひどいって恨んだり憎んだりするけど、一方では好きで好きで仕方ない。私もそうだったから」
 バーバラはふっと遠い目をする。
「でもね、それが人間だと思うわ。そして、憎しみは何も生まない・・・」
 バーバラはセレネを見つめる。
 それはとても慈愛に満ちた優しい表情だった。
「アストリアが好き・・・・そうなのね?」
 バーバラの問いにセレネは無言で頷いた。
「行きなさい、セレネ」
 セレネは目を見開いた。
「お母様・・・」
「今ならまだ追いつくかもしれないわ」
 バーバラは真剣な顔だ。
「私はもう一人で大丈夫よ。あなたに生きる力をもらったから」
 だが、セレネは首を振るとバーバラにすがりついた。
「だめですっ!お母様を一人残して行けませんっ!」
「セレネ・・・」
 バーバラはセレネの頭を優しく撫でてやる。
「私もあなたみたいに信じる勇気があれば・・・・もっと早く素直になっていれば・・・・」
 バーバラは戻らない時間を振り返るように呟いた。
「あなたとフランセスカとアイリーンと・・・家族4人で仲睦まじく暮らせなかったのが心残りだわ」
「いやですっ、私・・・。お母様が一人ぼっちになってしまうのを承知で、アストリア様を追うなんて・・・・」
「私は一人じゃないわ。身体は離れていても、いつだってあなたの心の中にいる。それにセレネが私を求める限り、あなたの心の中にも私はいつもいるわ。私はいつだってセレネと一緒よ。そして・・・あなたが私の娘だってこと忘れないでね」
「お母様・・・・」
 涙を流し続けるセレネをバーバラは力強く抱きしめた。
 まるで、愛する娘の感触を永遠に身体に刻み付けるかのように。
「若いときは走り続けなさい、必死に。それが愛する人のためなら、なおさらよ」
「お母様・・・お母様ぁ・・・・」
 長い時間、セレネはバーバラに抱きしめられ子供のように泣いていたが、ようやく顔を上げる。
 涙の跡が残る顔には決意が見て取れた。
 バーバラは微笑むと、セレネを力づけるかのように静かに頷いた。
「いいこと。振り返らずに行くのよ。走っていきなさい」
「はい・・・」
 バーバラの言葉にセレネは涙を拭い、立ち上がる。
 そして、ゆっくりとした足どりで扉に向かった。
 セレネは扉の前で振り返る。
 ソファーから立ち上がったバーバラと目があった。
「・・・行ってきます、お母様」
「気をつけていってらっしゃいな」
 セレネはゆっくりと一礼し、そのまま身を翻して出て行った。
 扉が閉められ、セレネの姿が扉の向こうに消える。
「幸せになるのよ・・・セレネ。フランセスカやアイリーン・・・そして私の分まで」
 バーバラは目の前にいないセレネに語りかけるかのように呟いた。




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「蒼ざめた月の光」の某EDネタのSSです。
『犯人を殺してやりたい』と涙ながらに叫んでおいて、エンディングのあの態度の変わり様と
異常なカマトトぶりにドン引きしたので(あんだけぐさっとくること叫んでおいて結局それかよ!
って、女の友情の薄さを実感)、せめてこういった描写が入ってればセレネ嫌いにならなかった
んですけどねえ。物語の中でセレネを神聖視してるなら、ただのいい子ぶりっ子にならんよう
ちゃんとフォローは細かいとこまでしっかりしてほしかったです。 
あと私はアルマでもレベッカでもなくアリス派です。ぐっちさんすみません。

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A様(本人の希望により名前は伏せています)からいただいた、「蒼ざめた月の光」の二次創作小説です。
素敵な小説をどうもありがとうございました!